2026-01-03

大腸がんステージ3b治療記録 番外編 感染症

 直接的には大腸がんとは関係ないのですが、
CT検査で見つかっていた腎臓結石が移動し、尿路結石になってしまいました。

 症状は、腰の鈍い痛みから始まりました。
出勤して1時間ほど経ったころ、なんとなく腰のあたりに違和感が。
軽く叩いてみたり、少し跳ねてみたりしましたが、痛みは引きません。
それどころか、時間が経つにつれて、じわじわと痛みが増していきます。

 同僚にその話をすると、
「それ、尿路結石ですよ。私もなりましたけど、痛くて車の運転もできませんでしたよ!」
と言われました。

 午後一番にWeb会議があったため、それが終わったら早退して病院へ行こうと思っていたのですが、
会議中も痛みは順調に(?)増幅。
これ以上ひどくなると運転ができなくなりそうだと判断し、会議の途中で退席して早退しました。

 家に帰ると、たまたま息子がいたので、運転を頼んで泌尿器科へ向かいました。

 症状を伝えると、看護師さんが
「多分、尿路結石だね。痛いよね」
と声をかけてくれ、比較的早く診察してもらえました。

 超音波検査とCT検査の結果、やはり尿路結石。
痛み止めの座薬が処方されました。
医師の話では、
「痛み止めを4回くらい使ううちに、石は自然に出るでしょう」
とのこと。痛みが出たら座薬を使う、という対応になりました。

 4回目の座薬を使ったあと、パソコンで調べ物をしていると、突然すごい寒気に襲われました。
その日は午後9時過ぎに就寝。

 夜中に目が覚めると、体が熱っぽい。
 体温を測ってみると、38.8℃もありました。

 額に冷却シートを貼り、再び寝ました。

 翌朝、再度測ると36.5℃まで下がっていたため、
「これはコロナではなさそうだ」と判断し、出勤しました。
ところが、就業時間前に症状を調べていると、再び強い寒気が。
9月にもかかわらず、歯がガチガチ鳴るほどの寒さです。

 調べてみると、「腎盂腎炎」の症状とほぼ一致。
就業時間前でしたが、そのまま早退(結果的には有給休暇)して、再度泌尿器科へ行きました。
このときの体温は38.2℃。

 診察の結果、「腎盂腎炎」と断定はされませんでしたが、抗生物質が処方されました。
他の薬はなく、コロナ検査も陰性。
発熱は感染症が原因だろう、とのことでした。

 帰宅後は抗生物質を服用し、解熱剤は処方されなかったため、
脇や額、頭などをひたすら冷やしました。
それでも夜10時までは39℃台の熱が続き、最高で39.8℃。
10時を過ぎてようやく39℃を下回り、朝6時頃に38℃を切りました。
朝8時には37℃を下回り、ようやく平熱に戻りました。

 その後2日間ほどは、夕方に37℃台の微熱が出る程度で、それ以外は平熱でした。

 熱が下がった翌日、再度泌尿器科を受診すると、
発症時の血液検査の結果が出ており、
腎臓(LD)、肝臓(AST〈GOT〉、ALT〈GPT〉)、
そしてCRP定量が正常値の約70倍と、かなり悪い数値でした。
診断は感染症。
医師からは「もう少しで敗血症になるところでした」と言われました。

 再度血液検査を行ったところ、これらの数値はすでに正常に戻っており、
抗生物質を5日間服用しただけで治療は終了しました。

 今回、発熱を「コロナだろう」と決めつけなかったことで、
結果的に命拾いをしました。
 一つの可能性に思い込まず、いろいろなケースを想定することの大切さを、
身をもって実感した出来事でした。


2026-01-02

最近になって、思うこと・・・正義と悪...ではない!!

 自分のやっていることや、考えていることが、なかなか周囲に理解してもらえない。
あるいは、改革を進めようとすると、必ずと言っていいほど「抵抗勢力」が現れる。
そんな経験はないでしょうか。

 実は、私自身も、つい最近までまさにそんな状況にいました。

 けれど、ふと立ち止まり、少し冷静に、そして自分から一歩距離を置いて状況を見つめ直してみたとき、あることに気づいたのです。

 「抵抗勢力だ」と思っていた相手の立場に立ってみると、
――なんと、自分自身が“抵抗勢力”になっているではありませんか。

 業務改革を例に考えてみると、現状維持というのは、ある意味で人間の本能とも言えます。
そこへ突然、「変えよう」とする人が現れる。
それは、平穏な日常を脅かす“脅威”として映っても不思議ではありません。

 改革を進めようとする側は、自分の考えや行動を「正義」だと思いがちです。
そうすると、それに反対する人たちは自然と「悪」に見えてしまいます。

 しかし、視点を逆にすればどうでしょう。
現状を守ろうとする人たちこそが「正義」であり、
変化を持ち込む改革派は「悪」に映っているのかもしれません。

 では、どうすればいいのか。
これは正直、簡単な問題ではありません。
今もなお、明確な答えは見つかっていません。

 ただ一つ、自分なりに決めたことがあります。
それは、「自分の考えが正義だ」と思い込むのをやめる、ということです。

 見る角度、見る距離、時間的なスパン。
それらが違えば、同じ出来事でも、まったく違って見える。
ただそれだけのことなのかもしれません。

 まずは、「自分と相手では、見ている条件が違う」という事実を確認する。
それが、最初の一歩ではないでしょうか。

 とにかく、自分以外にも別の考え方や捉え方がある。
それを受け入れるところから始めてみることにしました。

 そうしてみると、不思議なことに、
以前ほど腹が立たなくなってきたように感じています。

2026-01-01

大腸がんステージ3b治療記録 その10 術後補助化学治療後経過観察

 手術後、半年間(8クール)の術後補助化学療法が、無事に終わりました。

今振り返ってみると、長かったようで、あっという間だった気がします。

 これからは、定期的な検査を受けながら、再発がないかを確認していくことになります。

大腸がんの場合、術後5年間再発がなければ「寛解」とされます。それまでの間、決められたスケジュールに沿って検査が続きます。

 まずは、最初の3年間。

3か月に1回の血液検査と、半年に1回のCT検査です。

CT検査は、術後2年が経過するまでは造影剤を使用します。

 造影剤は、後からアレルギー反応が出る可能性があると聞いていたので、正直なところ、できるだけ早く終わってほしいと思っていました。

幸いにも、経過観察中にアレルギー反応が出ることはありませんでした。

 また、1年目と3年目のタイミングで、大腸内視鏡検査も行います。

その後の2年間は、半年に1回の血液検査と、1年に1回のCT検査が続きます。

 私の場合は、特に再発の兆しもなく、淡々と検査をこなしていく日々でした。

経過自体は順調だったのですが、それでも検査結果が出るまでは、毎回ドキドキしていました。

 経過観察は順調だったものの、CT検査を受けるたびに、放射線技師さんの所見が少しずつ増えていきました。

「年には勝てませんね」と、思わず苦笑いしてしまいます。

 そして、2025年6月。

術後5年が経過し、その検査を最後に、経過観察が終了しました。

 ホッとした気持ちと同時に、これからは定期的な検査がなくなるのだと思うと、少し不思議な感覚もあります。

これからは毎年の人間ドックを欠かさず受けながら、これまで以上に健康を意識して過ごしていこうと思います。

 以上で、私の治療記録は一旦、終了です。

2025-12-06

大腸がんステージ3b治療記録 その9 術後補助化学治療4~8クール目

  抗がん剤による術後補助化学療法の3クールが終了した時点で、大きな副作用がなく、このまま予定の8クールまで行けそうな感じです。

 4~8クールはあまり大きな変化がないので、まとめて書きます。

 点滴後の血管痛は少しずつ範囲が広がっているような気がしましたが、最終的には点滴の位置から15cmぐらい体側までの痛みでとどまりました。痛みが回復する期間はあまり延びることはありませんでした。

 吐き気に関しては、月曜日の点滴で、水曜日の夜が少し車酔いしたような状態ですが、それ以上の気持ち悪さはありませんでした。

 体のだるさはあまり感じていませんでした。

 手の指先のしびれですが、冷たいものに触るとビリビリと電気が走ったような感じになるので、手袋は必須です。基本的には手袋ありで過ごしました。足の指先は特に症状も出ず、問題はありませんでした。

 便秘・下痢ですが、時々(2回/クール)便秘になって、そのあと下痢になるというのが起こりますが、それ以外は1回/日の便通で、特に問題は感じませんでした。

 ものを食べた一口目の痛みは、変わらず出ていましたが、こちらもひどくなることもありませんでした。

 以前書いてないかもしれませんが、点滴をした次の日(もしかしたらその日かも)から声が変わるという症状がありました。風邪で声が変わったような感じで、自分では特に不便を感じることはありませんでした。ただ、点滴の翌日に業務改革の内容説明をプレゼンしなければならず、そのあと、声がさらに枯れた感じはあり、さすがにちょっとしんどかったです。

 そして、今振り返って一番嫌だった副作用は、味覚が変わるというものでした。コロナでも同じような症状の方がたくさんいらっしゃったと思いますが、本当に、味覚が変わり、出汁とかの繊細な味は感じなくなりました。そのせいで食欲が減り、抗がん剤を服薬中は2キロ体重が減り、休薬期間で2キロ戻すといった生活をしていました。

 ざっと、副作用とかについて変化を書いてきましたが、総じて私は副作用が少なかったのではないかと思っています。

 精神的な面でいうと、がんになった時からあまり落ち込むこともなく、過ごしてきてはいましたが、やはり抗がん剤前の血液検査では、結果が気になっていました。術後補助化学療法を開始する前に主治医から「がんを手術で取り除く前も腫瘍マーカーは上がっておらず、参考程度で見ていく」とは言われていましたが、やはり、数値は気になりました。

 術後補助化学療法での抗がん剤治療は、8クールで終わるという、ゴールが見えているので、副作用もつらく感じなかった部分はあると思いますが、副作用をコントロールしながら治療を続けるのが大事だと思っています。

 次回では、術後補助化学療法が終わってから完解になるまでの、どちらかというと精神的な話をしたいと思います。


2025-10-25

大腸がんステージ3b治療記録 その8 術後補助化学治療3クール目

 抗がん剤による術後補助化学療法の2クール目は、1クール目と比べると副作用がやや出つつも、生活には支障のない状態で終了しました。

 3クール目に入ります。治療前の血液検査では特に問題はなく、腫瘍マーカーも安定していました。この腫瘍マーカーは傾向を把握するためのものです。私の場合、手術直前の血液検査でも高くなかったため、あまり当てにはならないとわかってはいるものの、やはり気になりました。

 副作用の出方は2クール目と大きな差はなく、しびれの症状に注意しながら過ごしています。具体的には、夏場ではありましたが、ほぼ手袋を着用していました。また、水も冷たいものは避け、お湯を飲むようにしていました。

 1つだけ、血管痛の期間がわずかに延びたように感じました。生活に支障はないものの、触るとピリピリするので気になりました。

 この抗がん剤は髪の毛が抜けないと聞いていましたが、その通り、髪の毛は抜けていません。

 4クール目以降については、次回以降に書いていきます。

2025-10-04

大腸がんステージ3b治療記録 その7 術後補助化学治療2クール目

  抗がん剤による術後補助化学治療1クール目は、さほど大きな副作用もなく、終了しました。

初日のオキサリプラチンの点滴、2週間の経口剤であるゼローダの服薬、そのあとの1週間の休薬後、2クール目を迎えました。

 1クール目と同様、まずは血液検査をし、その結果が出てから主治医の問診がありました。

主治医から副作用の症状とかを聞かれました。血管痛について伝えたところ、「一般的な症状」とのことでした。また、血液検査の結果、骨髄抑制もなく問題なく2クール目ができるとの判断で、2クール目を実施することになりました。

 今回は、血管痛対策として、オキサリプラチンを点滴するときに、生理食塩水も同時に投与することで、オキサリプラチンの濃度を下げながら点滴することになりました。そのおかげで、血管痛は若干和らぎましたが、投与量が増えたため、時々、点滴が規定量流れず、看護師の方に調整していただく必要がありました。

 無事、点滴も終わり、家に帰ってから、夕食後、ゼローダを服用しようとしたときに、問題が起きました。1クール目の時は、1回の投与量5錠を一気に飲んでいたのですが、同じようにすると薬が飲み込めず、せき込みながら何度も水を飲みながら流し込みました。これ以降、薬は1錠ずつ飲むことにしました。

 副作用については、1クール目と大きな違いはなかったのですが、手の指先のしびれを感じる日数が1日から5日に増えました。ただ、この副作用は冷たいものに触れたら出るので、手袋をしたり、温水を使用することで、大きな問題にはなりませんでした。

 何とか8クールを続けられそうだと思いながら、無事に2クール目を終了しました。

 3クール目以降については次回以降で書いていきます。

2025-09-08

大腸がんステージ3b治療記録 その6 術後補助化学治療1クール目

  仕事に復帰して1週間が経った月曜日、1回目の抗がん剤治療の日が来ました。未知の体験に、不安になりつつ、まずは血液検査です。私が通っていた病院では、抗がん剤治療をする人は、その結果の後、抗がん剤治療を行うため、優先的に血液検査をしてもらえました。

 8時過ぎに病院へ行き、8時30分から採血です。私の場合、抗がん剤を左腕に点滴するため、血液検査は右腕から行いました。調べたところ、抗がん剤は血管へのダメージがあるため、抗がん剤を入れるところより心臓側の血管に孔(例えば、採血をした針の孔)があると、漏れてくるそうです。

 血液検査の結果が出るのに1時間ちょっとかかりました。結果が出ると、主治医の先生の問診があり、血液検査の結果を確認し、抗がん剤治療ができるかを確認します。特に造血に関係する白血球とか、赤血球とかの数値の確認します。当然のことながら、初回なので、抗がん剤の影響はなく、治療できるとの判定でした。

 4階の化学治療室で抗がん剤をします。入院しているとき、4階の病棟に入っていたので、体力回復のため、よくこの部屋の前を歩いていました。

 私の治療はXELOX療法と言って、オキサリプラチンという抗がん剤を初日に点滴し、その後は朝晩、ゼローダという錠剤の抗がん剤を2週間のみ、その後1週間休薬期間があり、1クールが終わるというものでした。これを8クール、半年間続けます。

 予想される副作用は以下の通りです。

〇ゼローダ

・手足症候群

 手や足がヒリヒリ・チクチクする、赤く腫れるなどのほか、皮膚のひび割れや水疱および皮膚に色素が沈着したり、爪の色が変化

・消火器症状

 下痢、便秘、腹痛、吐き気、嘔吐、食欲不振、口内炎などの消化器系の症状

・骨髄抑制

 白血球や赤血球、血小板が減る→感染がおこりやすい

・その他

 頭痛、疲労や脱力といった倦怠感

〇オキサリプラチン

・末梢神経障害

 寒冷刺激により手足、口のまわりのしびれやチクチクする痛み、舌の感覚がおかしい、あごやのどがしめつけられる、食べ物が飲み込みにくい

・血管痛

 点滴した場所が痛くなる


 点滴は、最初に30分程度、吐き気止めの薬を点滴し、そのあと、生理食塩水を点滴後、オキサリプラチンに切り替えます。2時間ほどすると、終わります。終わるときも、生理食塩水に切り替えて、十分にオキサリプラチンが漏れないようにしていました。オキサリプラチンは皮膚につくと皮膚障害を起こすとのこと。なので、途中でトイレに行くときは、一旦、生理食塩水に切り替えてから、トイレに行き、戻ってきたら、再び、オキサリプラチンに切り替えます。

 また、血管痛と言って、点滴中に血管が痛くなることがあり、その対策として点滴をしている腕を温めて頂きました。大体、10時30分~13時頃まで点滴をして、最後に血圧を測って、問題なければ、終了です。

 さて、初回の点滴を終えての感想ですが、ちょっと、血管痛はあったものの、それ以外は特に違和感はありませんでした。

 点滴をした日の晩からゼローダを1回5錠、朝晩飲み始めました。一気に5錠を水で流し込む形で飲んでいました。一緒に、末梢神経に効くかもということで出された薬も飲んでいました。あと、手足症候群対策として塗り薬が出されたので、朝、昼、晩に手と足に塗っていました。

 その後の経過ですが、水曜日(点滴の翌々日)の夜に軽い車酔いをした程度の気持ち悪さはありましたが、翌日には治っていました。吐き気に関するものはこれだけです。便秘は3日に1回ぐらい起こり、その次の日は下痢になり、その翌日は普通、というのを繰り返してました。血管痛は、1週間かけて徐々に消えていくといった感じでした。あと、のどの違和感がり、何か食べるときに1口目がのどが痛い感じがありましたが、2口目からは何ともありませんでした。このおかげで、間食をしなくなりました。こののどのしびれは10日ほど、続きました。

 大体、薬を飲んでいる間、特にオキサリプラチンの副作用が継続しているときは、ややつらいですが、特に生活に支障なく、過ごせていました。「こんなもんか」という感じでした。

 ただ、末梢神経障害は出るとひどくなる一方とのことで、夏もちかかったのですが、なるべく手袋をして過ごしました。

 これが1クール目の状態です。

2クール目以降については次回以降で書いていきます。