2026-06-07

AIだけでMV制作に挑戦!ChatGPTと動画生成AIでオリジナルMVを作るプロジェクト始動

 

こんにちは。


今回から、AIを活用してオリジナル楽曲のミュージックビデオ(MV)を制作するプロジェクトの記録をブログとして公開していきます。

近年、画像生成AIや動画生成AIの進化によって、個人でも高品質な映像作品を制作できる時代になりました。

しかし、

「実際にどのような手順で作るのか?」
「AIだけでどこまで表現できるのか?」
「MV制作の現場では何を考えながら進めるのか?」

といった部分は、まだあまり公開されていません。

そこで今回、私自身が実際に進めているMV制作プロジェクトを、企画段階から完成まで順番に紹介していこうと思います。

今回は第1回として、制作全体の流れ(計画段階)を紹介します。


今回制作するMVについて

制作するのはオリジナル楽曲のMVです。

一般的なMV制作では、

  • シナリオ作成

  • 絵コンテ作成

  • 撮影

  • 編集

という流れになりますが、今回は撮影を行わず、AIを活用して映像を制作していきます。

そのため、人が行うのは主に企画・演出・編集であり、映像そのものはAIが生成します。


制作全体の流れ

今回のMV制作は、以下の手順で進めています。

① ChatGPTで全体ストーリーとシーン構成を決める

まずは楽曲を分析し、

  • 曲のテーマ

  • 主人公の感情

  • 世界観

  • 映像の方向性

を整理します。

その上で、

「イントロ」
「Aメロ」
「サビ」
「間奏」
「アウトロ」

ごとにシーンを割り振り、MV全体のストーリーを設計します。


② 各シーンの内容を詳細化する

シーン割りが決まったら、さらに具体化していきます。

例えば、

  • 主人公はどこにいるのか

  • どんな表情をしているのか

  • カメラはどう動くのか

  • 光や色はどう変化するのか

  • 次のシーンへどう繋ぐのか

などを細かく決めます。

この工程によって、MV全体の統一感が生まれます。


③ 動画の開始画像をChatGPTで作成する

動画生成AIは、最初の1枚の画像によって映像の方向性が大きく変わります。

そのため、

  • 主人公の見た目

  • 背景

  • 構図

  • 光の演出

を調整しながら、シーンごとのスタート画像を作成します。

ここが映像の品質を左右する重要な工程になります。


④ 動画展開用のスクリプトを作成する

静止画が完成したら、その画像をどのように動かすかを指示するスクリプトを作成します。

例えば、

  • カメラがゆっくり近づく

  • 主人公が振り返る

  • 月明かりが強くなる

  • 星空が広がる

といった演出を文章で細かく指定します。

このスクリプトが、映像の演技指導書のような役割を担います。


⑤ 動画生成AIで映像を作成する

完成した画像とスクリプトを動画生成AIへ入力します。

すると、

静止画 → 動画

へ変換されます。

同じ画像でも、スクリプト次第でまったく違う映像になるため、何度も試行錯誤しながら理想の映像に近づけていきます。


⑥ 動画編集ソフトで仕上げる

生成された動画は、そのままでは長さや繋がりが不自然な場合があります。

そこで動画編集ソフトを使い、

  • 長さ調整

  • 動画同士の結合

  • フェード

  • クロスディゾルブ

  • エフェクト追加

などを行います。

こうして1本のMVとして完成させていきます。


⑦ シーンごとに繰り返す

MVは複数のシーンで構成されています。

そのため、

③開始画像作成

④スクリプト作成

⑤動画生成

⑥編集

をシーンごとに繰り返しながら完成へ近づけていきます。


次回予告

次回は実際に、

「楽曲の歌詞からどのようにストーリーを組み立てたのか」

について紹介する予定です。

単に映像を作るのではなく、歌詞の意味や感情をどう映像へ落とし込んだのかを詳しく解説します。

AIを活用したMV制作に興味がある方は、ぜひ続きもご覧ください。

2026-04-19

【体験談】ただの胃もたれだと思っていたら……胆石症で緊急入院した話 その2

【入院・治療編】「爆弾」の除去と、思わぬ入院生活の悩み

前回までのあらすじ 胃の不快感が「胆石症」と判明し、紹介状を待つ間に激しい発作に襲われ救急外来へ。石がさらに奥の「総胆管」の出口まで移動して詰まっていることが分かり、そのまま緊急入院となりました。

迅速な判断と「入院の準備」

救急外来を受診したのは日曜の朝でしたが、幸運にも消化器内科の専門医がいらっしゃり、すぐに方針が決まりました。翌月曜日に内視鏡治療を行うことになり、その日は痛み止めと栄養剤の点滴で様子を見ることに。

点滴の針を刺す際、看護師さんが「入院になるから」と、動きやすい手首付近を選んでくれたのが印象的でした。幸い痛み止めがよく効き、効果が切れるたびに追加してもらうことで、処置までは平穏に過ごすことができました。

病室は「個室」か「4人部屋」を選べましたが、以前大腸がんの手術で入院した際に4人部屋で特に不自由しなかった経験から、今回も迷わず4人部屋を選択しました。

治療:内視鏡による石の除去(ERCP)

治療は月曜の夕方に行われました。「ERCP」と呼ばれる、内視鏡を使った処置です。 十二指腸にある胆管の出口(十二指腸乳頭部)が狭くなっているため、そこをレーザーで少し切開し、カテーテルを入れて石を取り出します。

これまでに何度も胃カメラの経験はありましたが、今回は少し違いました。通常は横向きでカメラを入れますが、この処置は「うつ伏せ」で行います。とはいえ、鎮静剤で眠っている間にすべて終わるので、次に気がついた時はもう病室のベッドの上。処置自体は30分ほどだったそうで、術後は喉に少し違和感がある程度でした。

驚きの血液検査数値

術後、体の変化は数値に顕著に現れました。治療直後の検査では、肝機能を示す値が驚くほど跳ね上がっていたのです。

  • 総ビリルビン:6.9(正常値1.2以下)

  • ALT:780(正常値30以下)

  • AST:600(正常値30以下)

  • γ-GTP:208(正常値50以下)

石が詰まったことで、いかに肝臓に負担がかかっていたかが分かります。翌朝の検査でこれらの数値が改善傾向にあることが確認され、ようやく食事も再開となりました。

4人部屋の誤算と退院

治療翌日の回診で、先生から「水曜か木曜に退院できますが、どうしますか?」と提案がありました。私は即座に「水曜でお願いします!」と回答。

実は、あんなに自信を持って選んだ4人部屋で、誤算があったのです。 同室にご高齢の方が2名いらしたのですが、そのうちお一人の「いびき」が相当な迫力で……。誰よりも早く寝て、朝まで全力でいびきをかかれるため、私は夜中に1時間ほどしか眠れませんでした。もちろん、わざとではないと分かっているのですが、こればかりは体力を削られます。早期退院を選んだのは、この「睡眠不足」も大きな理由でした(笑)。

現在の経過とこれからのこと

退院から6日後の経過観察では、数値は完全ではないものの、ほぼ正常値まで回復しているとのことでした。 ただ、胆嚢にはまだ石が残っています。かかりつけの胃腸科の先生とも相談し、「次に一度でも発作が出たら、即、胆嚢摘出手術をする」という方針を決めました。ひとまず、今回の胆石騒動はこれで一段落です。

今回の学び

今回の経験を通じて感じたのは、最初の段階で「胆石症」と見抜く難しさです。最初の診察で「逆流性食道炎」と診断された際、先生を責めるつもりはありませんが、もし違和感が続くなら、早めにセカンドオピニオンを検討するのも一つの手だったかもしれません。

自分の体のサインを見逃さないこと。それが今回の一番の教訓となりました。





2026-04-09

【体験談】ただの胃もたれだと思っていたら……胆石症で緊急入院した話 その1

 今回は、私の身に最近起こった「胆石症」について書いていきます。また病気のお話にはなりますが、同じような症状で悩んでいる方の参考になれば幸いです。

始まりは2年前の検査

ことの発端は2年前。大腸がんの経過観察4年目のCT検査でのことでした。 主治医から「胆嚢に石ができていますね」と言われましたが、「症状が出なければ放置でいいですよ」とのことで、その時はあまり気に留めていませんでした。

しかし、その1年後の検査で状況が変わります。 「石が胆嚢から胆管(出口の管)へ移動しています。いわば『爆弾』を抱えた状態です」と告げられたのです。

忍び寄る「違和感」と誤診

実はその頃から、体に異変がありました。寝る前にコーヒーを飲んだ日の深夜2時ごろ、胃が張るような不快感を覚えたのです。当時は胆石との関係など思いもよらず、そのまま過ごしていました。

その後、半年で6回ほど同じような症状が現れ、最初は30分程度だった不快感も、次第に2時間ほど続くようになりました。 さすがに気になって近所の内科を受診しましたが、その時は症状が治まっていたこともあり、診断は「逆流性食道炎」。「胆石の影響では?」と食い下がりましたが、「胆石症なら激痛のはず。まず関係ないでしょう」と一蹴されてしまいました。

それからは、症状が出るたびに「逆流性食道炎だろう」と思い込み、市販の胃薬を飲んで誤魔化す日々が続きました。

悪化する症状、そして判明

ところが今年の3月中旬から、事態は急変します。 15日、20日、24日、30日と立て続けに発症。症状は12時間も続くようになり、痛みで一睡もできない状態に陥りました。さらに回を追うごとに、単なる「張り」から「痛み」へと変わっていったのです。

「これはまずい」と、まだ痛みが残る3月31日、知り合いが通っている胃腸科を受診しました。 医師にこれまでの経緯を話すと、やはり胆石の疑いがあるとのこと。エコー検査の結果、胆嚢が腫れ、壁も厚くなっており、正式に「胆石症」と診断されました。 ただ、エコーでは石が詰まっている胆管までは確認できず、翌日に大きな病院でCTを撮ることになりました。あわせて「卵の黄身、揚げ物、炒め物は厳禁」という厳しい食事制限も言い渡されました。

守ったはずの食事制限、そして緊急事態へ

4月4日(土)の夕方、胃腸科の先生から電話がありました。CTの結果を受けて大きな病院を紹介するので、そこで胆嚢の摘出手術を進めましょう、とのこと。週明けの月曜日に紹介状を書いてもらう手はずを整えました。

ところが、その電話の直後でした。 食事制限を忠実に守り、脂分を避けた夕飯を食べた直後、激しい発作に襲われたのです。「これ以上どうすればいいのか」と絶望するほどの痛みでした。

一瞬グッと突き刺すような鋭い痛みが走り、顔が歪むほどの苦しみが朝になっても消えません。もはや限界でした。 翌4月5日(日)の午前7時、紹介される予定だった病院の救急外来へ駆け込みました。再度のCT検査の結果、石がさらに奥の「総胆管」の出口まで移動していることが判明。そのまま緊急入院となりました。

入院後の経過については、次回の記事で詳しく書いていこうと思います。

2026-01-03

大腸がんステージ3b治療記録 番外編 感染症

 直接的には大腸がんとは関係ないのですが、
CT検査で見つかっていた腎臓結石が移動し、尿路結石になってしまいました。

 症状は、腰の鈍い痛みから始まりました。
出勤して1時間ほど経ったころ、なんとなく腰のあたりに違和感が。
軽く叩いてみたり、少し跳ねてみたりしましたが、痛みは引きません。
それどころか、時間が経つにつれて、じわじわと痛みが増していきます。

 同僚にその話をすると、
「それ、尿路結石ですよ。私もなりましたけど、痛くて車の運転もできませんでしたよ!」
と言われました。

 午後一番にWeb会議があったため、それが終わったら早退して病院へ行こうと思っていたのですが、
会議中も痛みは順調に(?)増幅。
これ以上ひどくなると運転ができなくなりそうだと判断し、会議の途中で退席して早退しました。

 家に帰ると、たまたま息子がいたので、運転を頼んで泌尿器科へ向かいました。

 症状を伝えると、看護師さんが
「多分、尿路結石だね。痛いよね」
と声をかけてくれ、比較的早く診察してもらえました。

 超音波検査とCT検査の結果、やはり尿路結石。
痛み止めの座薬が処方されました。
医師の話では、
「痛み止めを4回くらい使ううちに、石は自然に出るでしょう」
とのこと。痛みが出たら座薬を使う、という対応になりました。

 4回目の座薬を使ったあと、パソコンで調べ物をしていると、突然すごい寒気に襲われました。
その日は午後9時過ぎに就寝。

 夜中に目が覚めると、体が熱っぽい。
 体温を測ってみると、38.8℃もありました。

 額に冷却シートを貼り、再び寝ました。

 翌朝、再度測ると36.5℃まで下がっていたため、
「これはコロナではなさそうだ」と判断し、出勤しました。
ところが、就業時間前に症状を調べていると、再び強い寒気が。
9月にもかかわらず、歯がガチガチ鳴るほどの寒さです。

 調べてみると、「腎盂腎炎」の症状とほぼ一致。
就業時間前でしたが、そのまま早退(結果的には有給休暇)して、再度泌尿器科へ行きました。
このときの体温は38.2℃。

 診察の結果、「腎盂腎炎」と断定はされませんでしたが、抗生物質が処方されました。
他の薬はなく、コロナ検査も陰性。
発熱は感染症が原因だろう、とのことでした。

 帰宅後は抗生物質を服用し、解熱剤は処方されなかったため、
脇や額、頭などをひたすら冷やしました。
それでも夜10時までは39℃台の熱が続き、最高で39.8℃。
10時を過ぎてようやく39℃を下回り、朝6時頃に38℃を切りました。
朝8時には37℃を下回り、ようやく平熱に戻りました。

 その後2日間ほどは、夕方に37℃台の微熱が出る程度で、それ以外は平熱でした。

 熱が下がった翌日、再度泌尿器科を受診すると、
発症時の血液検査の結果が出ており、
腎臓(LD)、肝臓(AST〈GOT〉、ALT〈GPT〉)、
そしてCRP定量が正常値の約70倍と、かなり悪い数値でした。
診断は感染症。
医師からは「もう少しで敗血症になるところでした」と言われました。

 再度血液検査を行ったところ、これらの数値はすでに正常に戻っており、
抗生物質を5日間服用しただけで治療は終了しました。

 今回、発熱を「コロナだろう」と決めつけなかったことで、
結果的に命拾いをしました。
 一つの可能性に思い込まず、いろいろなケースを想定することの大切さを、
身をもって実感した出来事でした。


2026-01-02

最近になって、思うこと・・・正義と悪...ではない!!

 自分のやっていることや、考えていることが、なかなか周囲に理解してもらえない。
あるいは、改革を進めようとすると、必ずと言っていいほど「抵抗勢力」が現れる。
そんな経験はないでしょうか。

 実は、私自身も、つい最近までまさにそんな状況にいました。

 けれど、ふと立ち止まり、少し冷静に、そして自分から一歩距離を置いて状況を見つめ直してみたとき、あることに気づいたのです。

 「抵抗勢力だ」と思っていた相手の立場に立ってみると、
――なんと、自分自身が“抵抗勢力”になっているではありませんか。

 業務改革を例に考えてみると、現状維持というのは、ある意味で人間の本能とも言えます。
そこへ突然、「変えよう」とする人が現れる。
それは、平穏な日常を脅かす“脅威”として映っても不思議ではありません。

 改革を進めようとする側は、自分の考えや行動を「正義」だと思いがちです。
そうすると、それに反対する人たちは自然と「悪」に見えてしまいます。

 しかし、視点を逆にすればどうでしょう。
現状を守ろうとする人たちこそが「正義」であり、
変化を持ち込む改革派は「悪」に映っているのかもしれません。

 では、どうすればいいのか。
これは正直、簡単な問題ではありません。
今もなお、明確な答えは見つかっていません。

 ただ一つ、自分なりに決めたことがあります。
それは、「自分の考えが正義だ」と思い込むのをやめる、ということです。

 見る角度、見る距離、時間的なスパン。
それらが違えば、同じ出来事でも、まったく違って見える。
ただそれだけのことなのかもしれません。

 まずは、「自分と相手では、見ている条件が違う」という事実を確認する。
それが、最初の一歩ではないでしょうか。

 とにかく、自分以外にも別の考え方や捉え方がある。
それを受け入れるところから始めてみることにしました。

 そうしてみると、不思議なことに、
以前ほど腹が立たなくなってきたように感じています。

2026-01-01

大腸がんステージ3b治療記録 その10 術後補助化学治療後経過観察

 手術後、半年間(8クール)の術後補助化学療法が、無事に終わりました。

今振り返ってみると、長かったようで、あっという間だった気がします。

 これからは、定期的な検査を受けながら、再発がないかを確認していくことになります。

大腸がんの場合、術後5年間再発がなければ「寛解」とされます。それまでの間、決められたスケジュールに沿って検査が続きます。

 まずは、最初の3年間。

3か月に1回の血液検査と、半年に1回のCT検査です。

CT検査は、術後2年が経過するまでは造影剤を使用します。

 造影剤は、後からアレルギー反応が出る可能性があると聞いていたので、正直なところ、できるだけ早く終わってほしいと思っていました。

幸いにも、経過観察中にアレルギー反応が出ることはありませんでした。

 また、1年目と3年目のタイミングで、大腸内視鏡検査も行います。

その後の2年間は、半年に1回の血液検査と、1年に1回のCT検査が続きます。

 私の場合は、特に再発の兆しもなく、淡々と検査をこなしていく日々でした。

経過自体は順調だったのですが、それでも検査結果が出るまでは、毎回ドキドキしていました。

 経過観察は順調だったものの、CT検査を受けるたびに、放射線技師さんの所見が少しずつ増えていきました。

「年には勝てませんね」と、思わず苦笑いしてしまいます。

 そして、2025年6月。

術後5年が経過し、その検査を最後に、経過観察が終了しました。

 ホッとした気持ちと同時に、これからは定期的な検査がなくなるのだと思うと、少し不思議な感覚もあります。

これからは毎年の人間ドックを欠かさず受けながら、これまで以上に健康を意識して過ごしていこうと思います。

 以上で、私の治療記録は一旦、終了です。

2025-12-06

大腸がんステージ3b治療記録 その9 術後補助化学治療4~8クール目

  抗がん剤による術後補助化学療法の3クールが終了した時点で、大きな副作用がなく、このまま予定の8クールまで行けそうな感じです。

 4~8クールはあまり大きな変化がないので、まとめて書きます。

 点滴後の血管痛は少しずつ範囲が広がっているような気がしましたが、最終的には点滴の位置から15cmぐらい体側までの痛みでとどまりました。痛みが回復する期間はあまり延びることはありませんでした。

 吐き気に関しては、月曜日の点滴で、水曜日の夜が少し車酔いしたような状態ですが、それ以上の気持ち悪さはありませんでした。

 体のだるさはあまり感じていませんでした。

 手の指先のしびれですが、冷たいものに触るとビリビリと電気が走ったような感じになるので、手袋は必須です。基本的には手袋ありで過ごしました。足の指先は特に症状も出ず、問題はありませんでした。

 便秘・下痢ですが、時々(2回/クール)便秘になって、そのあと下痢になるというのが起こりますが、それ以外は1回/日の便通で、特に問題は感じませんでした。

 ものを食べた一口目の痛みは、変わらず出ていましたが、こちらもひどくなることもありませんでした。

 以前書いてないかもしれませんが、点滴をした次の日(もしかしたらその日かも)から声が変わるという症状がありました。風邪で声が変わったような感じで、自分では特に不便を感じることはありませんでした。ただ、点滴の翌日に業務改革の内容説明をプレゼンしなければならず、そのあと、声がさらに枯れた感じはあり、さすがにちょっとしんどかったです。

 そして、今振り返って一番嫌だった副作用は、味覚が変わるというものでした。コロナでも同じような症状の方がたくさんいらっしゃったと思いますが、本当に、味覚が変わり、出汁とかの繊細な味は感じなくなりました。そのせいで食欲が減り、抗がん剤を服薬中は2キロ体重が減り、休薬期間で2キロ戻すといった生活をしていました。

 ざっと、副作用とかについて変化を書いてきましたが、総じて私は副作用が少なかったのではないかと思っています。

 精神的な面でいうと、がんになった時からあまり落ち込むこともなく、過ごしてきてはいましたが、やはり抗がん剤前の血液検査では、結果が気になっていました。術後補助化学療法を開始する前に主治医から「がんを手術で取り除く前も腫瘍マーカーは上がっておらず、参考程度で見ていく」とは言われていましたが、やはり、数値は気になりました。

 術後補助化学療法での抗がん剤治療は、8クールで終わるという、ゴールが見えているので、副作用もつらく感じなかった部分はあると思いますが、副作用をコントロールしながら治療を続けるのが大事だと思っています。

 次回では、術後補助化学療法が終わってから完解になるまでの、どちらかというと精神的な話をしたいと思います。